心理的逆転

 

「心理的逆転」とは心理学者のロジャー・キャラハン博士が作った用語で、顕在意識では「治りたい」と思っているのに、潜在意識では「治りたくない」と思っている状態の事を言います。

なぜ治りたくないのかというと、病気である事で、仕事や学校を休めるとか、他の人に優しくしてもらえるなどのメリット、つまり疾病利得があるからです。ただし、心理的逆転の原因は疾病利得だけではなく、他にも様々な原因があります。

心理的逆転があるとどうなるかというと、セラピーをしてもなかなか良くなりません。セラピーをしても悪化しやすかったり、良くなったと思っても、まるで元に戻りたがってるかのように再び悪化したり、別の症状が新たに出てきたり、という事が繰り返し起こります。そのため、どこかで治療を受けても長続きしない人が多く、治療院を転々とする治療院ジプシーのようになっている人もいます。また、長続きしたとしても、この調子でいけば良くなるだろうという兆候がやっと見え始めた頃に急に来院が途絶えたりします。

通常、心理的逆転があるかないかはキネシオロジーテストで調べます。なので、心理的逆転という用語はキネシオロジーテストを用いているセラピストが使う用語といっても過言ではないでしょう。私が行っているARテストもキネシオロジーテストの一種なので心理的逆転はしっかり調べます。

心理的逆転の10の原因

1.疾病利得
2.早く良くなりたい「焦り」
3.原因や解決法がわからない「不安」
4.セラピーによって悪化するかもしれない「恐れ」
5.どうせ良くならないという「諦め」
6.めんどくさい
7.依存行為によって嫌な事から意識をそらせている
8.被害者意識
9.幸せになる罪悪感や幸せを失う不安
10.信頼関係の欠如

例えば、「治りたい」とか「早く良くなりたい」と思えば思うほど、なかなか良くならない現状に対する「焦り」が出てくるかもしれません。焦っているので、セラピーの結果がすぐに出ないと「効果がない」と判断する傾向があり、他に良い方法があるのではないかと治療院ジプシーになってしまう人もいます。難しい症状ほどすぐに結果がでる事はないのですが、すぐに結果がでないと諦めてしまうのでなかなか良くなりません。。

「治りたい」とか「早く良くなりたい」と思えば思うほど、原因や解決法がわからない不安が出てくるかもしれません。

そして不安を解消するために、「なぜ?」「どうして?」「何が原因?」などととあれこれ思考し続ける反芻思考に陥る人が多いです。そうやって自分自身に説明して納得したがっているのです。しかし、落ち着いていない状態であれこれ思考すると、その思考が逆に火に油を注ぐ結果となり、ますます落ち着かなくなるという状態になります。そして、そういった反芻思考が脳疲労をおこし回復を妨げてしまいます。また、落ち着かない状態で考えると認知の歪みがおこりやすくなります。この人たちに必要な事は問題解決を棚上げにし、まずは今ここを感じて落ち着くという事です。

今までにセラピーによって悪化した事がある人は、「治りたい」とか「早く良くなりたい」と思うと、悪化するんじゃないかという恐れが出てくる人もいます。このような方は、その恐れがが原因でほんとに悪化しやすいタイプです。また、悪化するより現状維持のほうがまだマシだとばかりに、現状維持に留まろうとするので、セラピーをすぐに中止してしまう傾向があります。

「治りたい」とか「早く良くなりたい」と思うと「どうせ良くならない」という「諦め」の気持ちが出てくる人もいます。このような方は、期待しすぎると、もし駄目だった場合に、酷くがっかりして傷ついてしまうから期待しないようにしているのかもしれません。しかし、諦めの気持ちが強いと、ちょっとやっただけで「やっぱり駄目だ」とセラピーを打ち切ってしまうので、何をやっても良くならないでしょう。

「治りたい」とか「早く良くなりたい」と思うと、「めんどくさい」という気持ちが出てくる人もいます。例えば、治療院が遠いとか、お金がかかるとか、食事に気をつけなければならない、とか、そういう、めんどくさい気持ちが、治りたい気持ちにブレーキをかけるんです。特に、短期間で変化がない場合、治したい気持ちより、めんどくさい気持ちが上回ってきますので、どこにいってもセラピーを中止するとうういう事が起こります。

何らかの依存行為、例えば、アルコール、過食、自傷行為などは、嫌な事を忘れられる、、とか嫌な事から意識をそらせるというメリットがあるからやっているので、それらの依存行為をやめようする気持ちがあっても、心理的逆転により失敗する事が多いです。向き合いたくない問題に向き合えるようになるまでは心理的逆転に反応するでしょう。

被害者意識はかなり根深い心理的逆転の原因となります。例えば、毒親に育てられて親に対して強い恨みがある人は、自分自身を不幸で惨めな被害者にし続ける事で、親に罪悪感を植え付けようとする事があります。厄介な事に、このタイプは実際には被害者ではないのに自分を被害者、相手を加害者扱いする傾向があります。そして、自分が不幸な被害者である事で、周囲の同情を得られたり、相手に罪悪感を植え付けてコントロールできるというメリットがあるので、何故か幸せになれないような事をしたり、幸せになってしまうと自らそれをぶち壊すような事をします。

このような被害者意識があると、「〇〇を治したい」という特定の事だけでなく、「幸せになりたい」のような、もっと広汎性の心理的逆転が起こります。このタイプは最終的にかなり過去に遡ってトラウマセラピーをする必要があるかもしれません。しかし、いきなりそんな深ーい所にあるトラウマを刺激してしまうと間違いなく悪化しますので、セッションの回数をかなり重ねて、ゆっくりと慎重に核心に近づいていく必要があるでしょう。

また、自分が幸せになる事に対する罪悪感を抱えている人もいます。特に、重い病気だったり、介護で疲れている家族がいる人に、自分だけ幸せになってもいいのだろうかという罪悪感が湧いてくる事があります。また、自分のせいで我が子が不幸になったと思っている親は、自分は幸せになってはいけないという罪悪感を手放す事ができません。このパターンも広汎性の心理的逆転がおこります。

また、幸せを感じると幸せを失う不安が出てくる人や、病気が良くなってくると病気がぶり返す不安が出てくる人もいます。このパターンも広汎性の心理的逆転がおこります。ちなみに、スターウォーズに出てくるダースベイダーがダークサイドに落ちてしまった原因は、大切な人を失う不安や恐怖でしたが、これも幸せを失う不安です。このような不安の原因としては、未来にばかり意識が向いていて、今に意識を向ける事ができないという事や、幸せである事や健康である事に慣れていないという事が考えられます。今ここに意識を向ける練習をする事や、早く良くなろうとせず、良くなるスピードをスローダウンさせて体や心の変化を整理統合させる時間をたっぷり与えるという事が重要になってきます。

また、セラピストとクライアントの間に信頼関係が築けていない場合にも心理的逆転がおこります。この場合の心理的逆転は「この人には治してもらいたくない」というセラピストに対する拒否反応とも言えるでしょう。例えば、セラピストが自分の話をしっかり聞いてくれないとか、話は聞いてくれるけど否定されたりして理解してもらえないとか、なんとなくセラピストの雰囲気が苦手とか、そういう事が信頼関係が築けない原因です。しかし、どんなに素晴らしいセラピストであってもクライアントとの相性が悪い場合がありますし、クライアントの中には猜疑性パーソナリティ障害のように猜疑心が異常に強い人もいて、どんな人とも信頼関係を築けない場合もありますので、必ずしもセラピストに問題がある訳ではありません。

ここまで説明したように、心理的逆転は必ずしも「治りたくない」と思っている訳ではないのですが、セラピストによっては「あなたは無意識で治りたくないと思っています」とデリカシーに欠けた説明をいきなりしてしまう事があります。そんな事を言われたクライアントは、多くの場合、自分の気持ちを理解してもらえないという悲しみ、怒り、不信感、それから「納得できない」あるいは「腑に落ちない」という気持ち等が出てくるでしょう。当然、信頼関係も築けません。そして、より一層、心理的逆転が解除できなくなってしまうのです。

原因の特定

1.疾病利得
2.早く良くなりたい「焦り」
3.原因や解決法がわからない「不安」
4.セラピーによって悪化するかもしれない「恐れ」
5.どうせ良くならないという「諦め」
6.めんどくさい
7.依存行為によって嫌な事から意識をそらせている
8.被害者意識
9.幸せになる罪悪感や幸せを失う不安
10.信頼関係の欠如

私の場合、心理的逆転の反応が出たクライアントに、「この中で思い当たるのはありませんか?」と尋ねていますが、だいたいの方が、この中に思い当たるものがあります。一番、多いのは、なかなか良くならない現状に対する「焦り」と原因や解決法がわからない「不安」でしょうか。しかし、たまにですが、何も思い当たる事がなく、何が原因で心理的逆転が起こっているのかが全くわからない人もいます。

その場合は、治りたいと願ったり、治った後の事を考えた時の身体感覚の変化を探してもらいます。そうすると、何故か不安などの気持ちが出てきたり、胸がドキドキするとか、頭が締め付けられるとか、手足がソワソワするなどの、なんとなく落ち着かない身体感覚が出てきます。その場合は、やっぱり心理的逆転があるね、という事になります。特に疾病利得の人は、治った後の事、例えば、学校や仕事に行く事などを考えると、ネガティブな感情や落ち着かない身体感覚がでてくるでしょう。

心理的逆転に対する心理療法

まず最初に取り組む事は、クライアントとの信頼関係構築です。クライアントとよくお話をして、その気持ちをしっかり受け止めるという事をします。これができていないと、心理的逆転を起こしますし、全てのセラピーの絶対に必要な事ですよね。

信頼関係構築ができたら、次に「今ここ」をしっかり感じてもらうように私がガイドします。例えば、なかなか良くならない現状に対する「焦り」なんて、未来に意識がいっている状態ですし、恨みや罪悪感は過去に意識がいっている状態ですよね。このように、心理的逆転の原因は、過去や未来に意識が向いている状態から生じているので、「今ここ」をしっかり感じるだけでも心理的逆転が解消する事がよくあります。

それから、感情は振り子のようにポジティブからネガティブに反転する性質があります。そして、例えばこの図のように、治したい!というポジティブな気持ちが、「焦り」や「不安」や「あきらめ」といったネガティブな気持ちに反転します。また、振り子がポジティブ側に大きく揺れるほど、反転した時にネガティブ側に大きく揺れます。そして、ポジティブでもネガティブでもないニュートラルな状態が「今ここ」を感じている時です。このニュートラルな状態にしっかり留まれるようになると、振り子がポジティブからネガティブに反転しそうになってもニュートラルで止める事ができますし、ネガティブに反転してしまっても、すぐにニュートラルに戻す事ができます。ですから、まず「今ここ」を感じるという事がとても重要になってきます。

十分に「今ここ」を感じて落ち着く事ができるようになったら心理的逆転の原因に向かい合います。私の場合は、パーツへアプローチする方法と身体感覚へアプローチする方法を組み合わせています。

まず、治りたくない自分や、焦っている自分などを、治りたくないパーツ、とか焦っているパーツとして考えます。パーツというのは副人格と同義語です。自分の人格の全てが治りたくないとか焦っているのではなくて、自分の中の一部の人格がそのように感じているんだと意識するのです。

そして、どんなパーツが登場してきても否定せず肯定するようにします。治りたくないなんて思っちゃ駄目とか、焦っちゃ駄目とか否定するような気持ちで観察するのではなく、優しくそして落ち着いて、治りたくないと思っているんだね、焦っているだね、みたいな感じで俯瞰するようにします。このようなパーツ達は無視されたり否定されたりすると、いつまでたっても癒やされないので、「あなたの事はちゃんと気にかけてますよ」みたいな感じで、優しく寄り添うような気持ちでパーツを包み込むようにします。この時、「私は治りたくないと思っているパーツを認めます」のようなセリフを唱えながら、小腸経の後渓というツボをトントンしても良いのですが、やるならば、ちゃんと気持ちを込めて唱える事が重要です。これを1日1回くらい、しばらく続けると良いでしょう。ただし、事前にしっかりと「今ここ」を感じて落ち着いておく事が必要です。

もう一つの方法として、治りたくないパーツや焦っているパーツなどを意識した時の身体感覚に意識を向けるという方法があります。例えば、胸が苦しくなるとか、頭が締め付けられるとか、手先足先がそわそわするとか、そういった落ち着かない身体感覚に好奇心を向けていくセラピーです。この方法は自分でもできそうに思われるかもしれませんが、実はとても難しいので、必ずセラピストと一緒に行う必要があります。

それから、心理的逆転は1回のセラピーで解消できたとしても、それは一時的な効果です。しばらくするとまた心理的逆転が出てくるのが普通なので、継続的に行う必要があります。また、心理的逆転はセルフケアの範囲でもできる簡単な方法もありますが、多くの場合、セラピストと一緒に心理療法を繰り返し行う必要があります。特に被害者意識や罪悪感は、そう簡単には癒やされないので、かなり長期間かかるでしょう。