当院の心理療法について

私が行っている心理療法は「身体志向のトラウマセラピー」です。

※以下、2021年4月時点での私の心理療法のやり方をまとめたものです

私の心理療法の大きな特徴

①身体感覚を重視する

②スロー・イズ・ファスト(焦らずゆっくりがやるのが一番早い)

トラウマは誰にでもあります

トラウマというと、フラッシュバックやパニックなどを引き起こすような過去の衝撃的な出来事の事だと思っている方もいますが、そうではありません。トラウマというのは「自律神経の癖」のようなものです。例えば、人と話す時に緊張するとか、どんな場所にいても落ち着けないというのもトラウマによる自律神経の癖です。

「私にはトラウマなんてありません!」と言われる方がいますが、実はトラウマが無い人なんていないのです。誰にでも解決されていないトラウマがあります。もちろん私にもあります。

身体感覚を重視したトラウマセラピー

従来の心理療法は過去の辛い体験を話すなど会話が中心です。そして考え方や行動を変える事に重点が置かれています。そして思考や感情にはアプローチしますが、身体感覚をほとんど無視しています。

それに対し、私の心理療法は身体感覚を最も重視するのが大きな特徴です。考え方や行動を変えるアプローチは補助的に使う程度です。

身体感覚って?

思考と感情と身体感覚は密接に繋がっていてます。

例えば、コミュニケーションが苦手な人は、相手に顔を見られたり視線が合うと「胸がドキドキする」という不快な身体感覚が出てきたりします。または「喉がギューっと締まって声が出なくなる」「お腹が痛くなる」「顎が緊張する」「頭が重くなる」「上半身がカーっと熱くなる」などの身体感覚が出てくる人もいるでしょう。

同様に安心感を感じている時や喜びや幸せを感じている時に「胸が暖かい」「頭がスッキリしている」「呼吸が楽な感じ」などの心地よい身体感覚が出てきたりします。

なぜ身体感覚を重視するのか?

トラウマに関する記憶は意識(顕在意識)ではなく無意識(潜在意識)にあります。

「無意識」という言葉は、意識できないから無意識と言うのですが、実は身体感覚を感じる事によって無意識も意識できるのです。

意識(顕在意識)できる記憶は、時系列に言葉によって物語のように説明しやすい記憶です。それに対して無意識(潜在意識)の記憶は、身体感覚、音、瞬間的な映像のような断片的な記憶です。

このようにトラウマの記憶(無意識にある記憶)というのは、自転車の乗り方や箸の持ち方と同じで「身体で覚える」タイプの記憶(手続き記憶)なのです。そして、トラウマの記憶は身体感覚を感じる事によってダイレクトにアプローチする事が可能です。

従来のように思考や感情にアプローチする心理療法でも間接的に無意識領域の記憶にアクセスできますが、身体感覚を重視した心理療法ほど効果的ではありません。

まずは安心・安全をしっかり身体で感じる事から始める

 

心理療法で重要なのはいきなりトラウマに取り組まない事です。

私達は無意識領域で常に安全か危険かを感じ取っている「ニューロセプション」というセンサーをもっています。

※「ニューロセプション」とは自律神経研究の第一人者であるポージェス博士の造語です

ですが精神的健康度が低い人のニューロセプションは、安全な状況においても「安全ではない」と感じ取っています。ですので、まずニューロセプションが安全や安心をしっかり感じ取れるようにする事がとても重要なのです。

そのためには、まずセラピストとの会話を通じて受容と共感と肯定を感じたり、身体感覚レベルで安心・安全をしっかり感じるという事を繰り返します。

ニューロセプションが安心・安全を感じ取れるようにする事が心理療法における土台となります。この土台がしっかり完成していないうちに、トラウマに取り組んでも成功しないばかりか、トラウマの記憶に圧倒されてしまい、トラウマの記憶がより強固になる事もあります。

安心・安全をしっかり感じられるようになるまで1~3回で十分な人もいれば、2週間に1回のペースで1年以上かかる人もいます。土台を作るのに長くかかる人は幼少期に安心・安全の感覚を親から与えてもらえなかった「発達トラウマ」を持っている人が多いです。

トラウマに取り組むのは基礎・土台ができてから

心理療法ではありませんが、メンタルヘルスにとても大きな影響を及ぼす要素があります。

それは、、、

  • 気分転換(自然を感じる、軽い運動や散歩など)
  • 十分な睡眠
  • 休息する時間を増やす(働きすぎの場合)
  • 栄養
  • 別居や退職等をして安全を確保する


※最後の「別居や退職等をして安全を確保する」というのは、同居している人に暴力を振るわれているとか、会社で上司からパワハラ・暴言・人格否定されているような人の事です。そのような人は安心・安全を感じる事ために、まず「逃げる」という戦略が必要です。

これらはメンタルヘルスの土台・基礎です。

もし土台・基礎が十分にできていない方にトラウマセラピーをやっても効果が無いばかりか悪化する事さえあります。なので、これらの土台・基礎ができていない方に行う私の心理療法は、トラウマを刺激せず安心・安全を感じるだけの心理療法が中心となります。

しかし、土台・基礎をすっとばしてやる事を私にリクエストしたり、自分1人でトラウマセラピーのような事をしたりする方もいます。理解して頂きたいのは、焦ってそのような事をすれば解決までの道のりは遠くなるという事です。焦らず、まずはメンタルヘルスの基礎・土台作りに専念しましょう。

※例外として、強い不安のため眠れない、対人恐怖のため外出して気分転換できない、食品に対する強迫観念があるため栄養状態を改善できない等。このような場合はトラウマに取り組む事もあります。

トラウマの渦とヒーリングの渦

精神的健康度が低い人は、いつのまにかトラウマがもたらす思考・感情・身体感覚に飲み込まれてしまいます。

そのため「とにかく落ち着こう!」と思っても、トラウマがもたらす思考・感情・身体感覚に意識が向いてしまい落ち着く事ができません。

それはトラウマの渦に飲み込まれて溺れているような状態です。

じゃあどうすればいいかというと、落ち着いた身体感覚をしっかり感じる事で逆向きの渦(ヒーリングの渦)にしっかり留まれるよう練習する事です。途中でトラウマがもたらす思考・感情・身体感覚に意識が持っていかれてしまう事もあるでしょう。その時はトラウマの渦で溺れそうになっている事に「気づく」という事が重要で、気づいたら再び意識をヒーリングの渦に戻していきます。

これを繰り返す事で、最初は小さかったヒーリングの渦が次第に大きくなり、トラウマの渦に飲み込まれにくくなります。

デフォルト・モード・ネットワークの過活動に気づき沈静化させる

私達は、意識的な作業・課題に取り組んでいる時には、短期記憶を用いた情報処理をするためのワーキングメモリという脳内ネットワーク働かせています。そしてワーキングメモリには集中力や優先順位をつけて同時並行処理(マルチタスク)する能力があります。また、環境に適応する能力。(=古い考え方を捨てて新しい考え方へとシフトする能力)や感情を整理したり調節する能力もあります。ただしワーキングメモリは長くても25分しか持続できません。

それに対し、デフォルト・モード・ネットワークとは、意識的な作業・課題に集中して取り組んでいない時の状態で、「脳のアイドリング状態」とも言えます。デフォルト・モード・ネットワークが沈静化している状態が深くリラックスしている状態です。

しかし、精神的健康度が低い人はこのデフォルト・モード・ネットワークが過活動になっていて、否定的な思考や意識が堂々巡り(反芻思考)している状態、あるいは否定的な思考や意識で彷徨っている状態(マインドワンダリング)になっています。特に、過去や未来への不安や恐怖などネガティブな思考や、自己認識(自分自身について考える事)に関するネガティブな思考が堂々巡りしていています。

ワーキングメモリよりもデフォルト・モード・ネットワークのほうが脳のエネルギー消費量が大きいので、デフォルト・モード・ネットワークが過活動になっていると脳疲労の症状やワーキングメモリが発揮できない症状が現れる事があります。例えば、頭がモヤモヤしてすっきりしない、今さっきの事が思い出せない、やるべき事に集中できない、古い考え方を捨てて新しい考え方へとシフトできない、感情を整理したり調節できないなど。。。

デフォルト・モード・ネットワークの過活動を抑えるには、安心・安全をしっかり身体で感じてヒーリングの渦に留まる事がとても重要になります。ですが、それだけでなく、栄養、睡眠、運動なども重要です。

どのようにトラウマに取り組むか

二重の気づき

安心・安全という土台がしっかりできたらトラウマに取り組み始めます。

その時にもっとも重要な事は、トラウマによる思考・感情・身体感覚を落ち着いて客観的に観察する(俯瞰する)という事です。

このように落ち着かない自分の状態を別の落ち着いた自分から観察している状態を「二重の気づき」と言います。トラウマがもたらす身体感覚に対して「これを感じていると次にどんな事に気づくかな?」「どんな変化が起きるかな?」という風に好奇心を向けて観察している状態も二重の気づきです。

この二重の気づきがしっかりできていれば、トラウマによる思考・感情・身体感覚が波のように押し寄せて苦しくなっても、そのうち波は引いてゆきます(その事をペンデュレーションと言います)。押し寄せる波と引いてゆく波を客観的に観察すればよいのです。

しかし、安心・安全という土台がしっかりできていない人は「二重の気づき」ができずにトラウマの渦で溺れてしまいます。

滴定

滴定とは元は化学の用語です。一度にドバっと入れると爆発してしまう薬品でも、1滴1滴、少しずつ入れると爆発しない事があります。

そのように、トラウマを小さく刺激してちょっとだけ変化させるという事を滴定と言います。

トラウマを大きく刺激してしまうとトラウマの渦に飲み込まれて溺れてしまう事になるので、滴定をしてちょっとずつ変化させる事を繰り返してゆきます。

そのため私のセラピーでは劇的な変化はありませんし、変化を毎回はっきり感じるという事はあまりありません。変化は非常にゆっくりです。あまり変化を感じられなくて焦る方もいるかもしれませんが、「スロー・イズ・ファスト(ゆっくりが早い)」という事を理解して頂く必要があります。

身体感覚から恐怖を切り離す

トラウマの出来事を思い出すと、恐怖などの強い感情が出てくる事は普通です。

しかし、その感情に浸ってしまうとトラウマの渦で溺れてしまうので、感情を切り離して身体感覚にフォーカスします。

また、身体感覚の他にも、身体が求めている動作や姿勢を感じ取ったり、五感(視覚や聴覚など)を意識したりする事もします。

パーツへのアプローチ

パーツとは副人格の事です。それに対し主人格の事をセルフと言います。

例えば、怒っているパーツ、愛されたいパーツ、自己批判をするパーツ、悲しんでいるパーツ、自暴自棄になって過食するパーツ、怒られないように頑張るパーツ、他人の視線に恐怖を感じるパーツ、自分を犠牲にしてでも良い人を演じるパーツなど、

まず、それらのパーツの存在に気づいてあげる事から始めます。そしてどんなパーツであっても否定をせず、承認、受容、共感をします。セルフの役割はパーツの存在に気づき、承認、受容、共感をする事です。それはセルフとパーツの「二重の気づき」でもあります。

パーツを大きく分けるとプロテクター(防衛者)とエグザイル(追放者)の2つになります。

エグザイルは耐え難い苦しみをもってるパーツの事です。そして、エグザイルの耐え難い苦しみが表面化しないように守っているパーツがプロテクターです。

例えば、親に否定ばかりされて認めてもらえなかった苦しみをもったエグザイルがいたとします。そうするとエグザイルの苦しみが表面化しないように、完璧主義のパーツや、認められようと頑張りすぎるパーツや、自分を犠牲にしてでも他人を喜ばせようとするパーツが出てきたりします。それらがプロテクターです。

エグザイルはその名の通り普段は「追放」されたような存在で表面化していません。主に子供の時に形成される事が多いのでインナーチャイルド(子供の頃に形成された考え方のくせや行動パターン)と重なる部分が多いです。

さらにプロテクターにも2種類あり、マネージャーと消防士がいます。認められようと頑張ったり、自己批判するなど、社会になんとか適合するよう頑張っているのはマネージャーの役割です。

それに対し、依存や自暴自棄や自己破壊行為、例えば過食嘔吐や自傷やアルコール依存などは消防士の仕業です。消防士は、エグザイルの耐え難い苦しみをマネージャーが抑えきれなくなった時に、依存や自暴自棄なな事をしてエグザイルの耐え難い苦しみを一時的に消してくれる役割をもっています。

どの種類のプロテクターもエグザイルを守ろうとする肯定的な役割があるので、その役割を理解し承認してあげる事でプロテクターは癒やされてゆきます。ただし、セルフとパーツの二重の気づきができるように、安心・安全をしっかり感じるセラピーが重要になってきます。

自律神経の新しい理論

身体志向のトラウマセラピーのやり方は、自律神経の新しい理論である「ポリヴェーガル理論」を使って説明する事ができます。

まず従来の自律神経の理論では、交感神経と副交感神経という2つの神経系がシーソーのようにバランスをとっていて、そのバランスが崩れた状態が不健康な状態と言われてきました。また、ストレス状態では交感神経が優位になっていて、リラックスしている時は副交感神経優位になっているので交感神経優位の状態が特に健康に悪いようにも言われる事もありました。

しかし、実際にはそのような従来の理論では説明できない事がたくさんあります。そこで誕生したのが「ポリヴェーガル理論」です。

ポリヴェーガル理論では、自律神経系を2種類ではなく3種類に分類して考えます。具体的には、迷走神経系のサブカテゴリである腹側迷走神経複合体と背側迷走神経複合体、それと交感神経です。

従来の自律神経の理論では、交感神経と副交感神経の働きはシーソーのような関係で、どちらかが活性化しているともう一方は抑制されて不活性になっているように説明される事がありました。

しかし、実際はアクセルの働きをする交感神経とブレーキの働きをする背側迷走神経複合体が同時に活性化した状態で、過度に覚醒したり過度に低覚醒になっている事もあります。トラウマの症状に交感神経の症状と背側迷走神経複合体の症状が同時に出現する事があるも、それで説明できます。


 

交感神経

交感神経は、神経系を覚醒させるアクセルのような働きがあります。適度に働いている時は問題ないのですが、ストレスや危険を感じた時には過度に覚醒し「闘争・逃走反応」という防衛反応が起こります。

交感神経によって神経系が過覚醒しやすいタイプの人はパニック・イライラ・興奮しやすかったり、行動がセカセカしていて落ち着きがない印象を持つでしょう。また、人の話をろくに聞かずマシンガントークをする人もいます。

背側迷走神経

背側迷走神経複合体は、神経系の覚醒を下げるブレーキのような働きがあり、強いストレスや危険を感じた時に過度に働くと「凍りつき反応」という防衛反応が起こります。それは神経系に急ブレーキがかかり過度に低覚醒になっている状態です。動物だと擬死(死んだふり)をして動かなくなります。(オポッサムという動物の擬死が有名)

↑オポッサムの死んだふり

凍りついている状態の人は、無力感を感じたり、鬱になったり、自分の感情や身体感覚が自分で解ららなくなる事もあります。その他、副腎疲労症候群や起立性調節障害や慢性疲労症候群は神経系が過度に低覚醒になっている時の症状です。

しかし、背側迷走神経複合体の働きに「愛情ホルモン」と言われるオキシトシンの作用がプラスすると、効果は反転して安心・安全な感覚をもたらします。この時のブレーキ作用は急ブレーキではなく、軽くブレーキを踏んでいるような状態となります。(そのオキシトシンを出すためには「タッチセラピー」が効果的だと思います)

小さな子供は自分で自分を落ち着かせる事ができないため、親にあやされたり、なだめてもらったりして落ち着くという経験を繰り返すうちに、背側迷走神経複合体を程よく働かせて安心・安全を感じられる事ができるように発達していきます。

腹側迷走神経

腹側迷走神経複合体は、社会的交流(人と交流する時に活性化する)を促す神経系で、神経系の覚醒度を下げるブレーキのような働きをする時もあるし、逆に覚醒度を上げるアクセルのような働きの時もあり、覚醒度を程よく調節する作用をしています。レジリエンス(ストレス耐性)が高い人はこの神経系をよく使っています。

ストレスを許容できる範囲を拡げる

私達にはストレスを許容できる範囲があります。そして、その範囲の事を「耐性の窓」と言います。

ストレス耐性が高く自律神経のバランスが安定している人は、耐性の窓の範囲が広く、その範囲内で自律神経の覚醒度が上がったり下がったりして、範囲からはみ出す事があまりありません。

それに対して、ストレス耐性が低く自律神経のバランスが不安定な人は、耐性の窓の範囲が狭く、耐性の窓からはみ出すように自律神経の覚醒度が上がったり下がったりしています。

しかし、正しいトラウマセラピーによって、この耐性の窓の範囲を少しずつ広げ、ストレス耐性を高める事ができます。

そのためには、耐性の窓を適度にはみ出すくらいのストレスをかけ、再び落ち着かせて耐性の窓の範囲内に戻すというセッションを繰り返し行います。そうすると少しずつですが耐性の窓の範囲が広がり、ストレス耐性が高くなります。

その時に最も需要な事は、いきなりトラウマに取り組まず、まず事前に安心・安全を感じて自律神経の覚醒度を耐性の窓の範囲内にくるようにする事です。そうする事で、耐性の窓をはみ出したとしても再び耐性の窓の範囲内に戻ってこれるというアンカー(錨)のような土台を作っておくのです。

また、あまりにも強い刺激を与えてしまうと、耐性の窓を大きくはみ出してしまいなかなか元に戻れなくなる事があります。そうなると再トラウマ化して失敗します。セラピストはクライアントの様子をしっかり観察しながら程よい刺激になるように調節します。

傾聴型のカウンセラーに辛いことを大泣きしながら語るとその反動で直後はスッキリする事がありますが、そのスッキリ感は、耐性の窓を大きくはみ出した反動で急激に戻るという「カタルシス効果」によるものです。そのようなセラピーを繰り返すと、耐性の窓を簡単に大きくはみ出す癖がついてしまい、いつまでたっても耐性の窓は広がらないからです。このように、辛い体験を語りたいだけ語らせるのは駄目なのです。

回復する過程で悪化しているように感じる事があります

少しずつゆっくりと適切にトラウマセラピーをやっても恐怖や不安が強くなるなど、セラピーによって悪くなっているように感じるクライアントがいます。しかし、それは多くの場合、好転反応のようなもので、正しく変容している証でしょう。その好転反応のようなものがなぜ起こるか?を新しい自律神経の理論を使って説明します。

↑シャットダウンは凍りつき反応の酷い状態です。なのでシャットダウンの事も凍りつき反応と説明される事があります。

私達は安心・安全を感じられなくなると、その驚異レベルに応じて闘争・逃走反応→凍りつき反応→シャットダウンという順に防衛反応が働きます。そして、トラウマが形成されると安心・安全な状況であってもこれらの防衛反応が働くようになります。

  • 安心安全を感じている時は腹側迷走神経複合体が主役ですが、適度に活性化した背側迷走神経複合体や交感神経も関わっています。
  • そして、驚異・ストレスを感じると防衛反応として、まず交感神経が過度に活性化し「闘争・闘争反応」で対処しようとします。
  • しかし、「闘争・逃走反応」でも驚異に立ち向かえない状態では、交感神経と背側迷走神経が過度に活性化し「凍りつき反応」で対処しようとします。
  • 「凍りつき反応」でも対処できない状態では、神経系のブレーキの役割を担う背側迷走神経だけが働き極度の低活性状態になります。この状態を「シャットダウン」といいます。」

普段から背側迷走神経が過度に活性化してシャットダウンしている人の場合、適切なトラウマセラピーによって驚異レベルが低下してくると、神経系の状態が「凍りつき反応」や「闘争・逃走反応」に切り替わってきます。そのため、安心感を感じるセラピーをしただけなのに、その後不安や恐怖が強くなる方もいます。

もし「凍りつき反応」に切り替わってくると、恐怖や不安や極度の緊張などを以前より感じるようになり悪化したように感じる事があります。

もし「闘争・逃走反応」に切り替わってくると、怒りやイライラを以前より感じるようになり悪化したように感じる事があります。

ですが、それらは決して悪い事ではなく驚異レベルが低下してきた兆候なのです。それはトラウマから回復するために必要な過程と考えてください。

 

例えば、シャットダウンから「闘争・逃走反応」に切り替わってきて親に対する強い怒りの感情が出てきたとします。その時に怒りを感じている自分を責めてはいけません。「それでも親なんだから感謝しなければならない」「許さなければならない」と自分を責めて怒りの感情を抑圧してしまうと再びシャットダウンの状態に戻ってしまいます。

重要なのは、自分の神経系の状態が「凍りつき反応」あるいは「闘争・逃走反応」に切り替わってきた自分の状態を、別の落ち着いた自分から客観的に俯瞰する事です。

変化が大きすぎたり早すぎたりしても悪化したように感じる事があります

私達の神経系は大きな変化や急激な変化をとても嫌います。それが例え良い変化であったとしても、大きすぎたり急激な変化だと、不都合ながらも慣れ親しんだ元の状態に戻ろうとします。そして悪化したように感じる事があります。

ですから、小さくゆっくり変化させる事がトラウマセラピーの肝なのです。早く良くなりたい気持ちが強い人ほど、変化が小さくて、ゆっくりとしか変わらないセラピーに焦りを感じるかもしれませんが「スロー・イズ・ファスト(ゆっくりが早い)」を何度も自分に言い聞かせる必要があるでしょう。

記憶を統合する時間が必要

トラウマの記憶は、トラウマセラピーのセッションの後に時間をかけて脳で整理・統合される必要があります。そのためには落ち着いた日常を過ごす必要があります。仕事のし過ぎで疲れ切っていたり、夜ふかして寝不足だったりすればトラウマの記憶の統合は進みません。

また早く良くなりたいために、一気にいっぱいやって欲しいとリクエストされる方がいますが、そうしてしまうと食べ過ぎて消化不良を起こしたような状態と同じで、トラウマの記憶を統合する事ができず逆効果です。セッションは少しずつゆっくりとやればやるほど効果的なのです。