自己臭恐怖症(自臭症)- 身体が安全を思い出すまでの回復過程
自臭症の方の多くは、「自分がにおっているのではないか」という強い思い込みにとらわれています。周囲の人の仕草や表情を「においの反応だ」と感じてしまい、ますます不安が募っていく──。けれども、多くの場合、その状態を自分で「自臭症」として認めることは難しく、長い間ひとりで苦しんでおられる方も少なくありません。
この方の場合は少し異なっていました。すでに精神科で自臭症と診断を受けており、初回の来院時から「自分は自臭症である」と自覚されていました。しかし同時に、「それでも本当に臭っているのではないか」という感覚的な不安も強く残っており、診断を完全に受け入れられているわけではありませんでした。
頭では「自分は臭っていない」と理解しているのに、体はその言葉を信じていない──まるで理性と感覚が別々の方向を向いているような状態でした。
このような「認知と身体感覚のずれ」は、ポリヴェーガル理論の観点から見るととても理解しやすくなります。
過去の恐怖体験や恥の記憶が神経系に刻まれていると、脳は“いま安全でも危険がある”と誤認し、社会的つながりの神経(腹側迷走神経)よりも防衛反応の神経(交感神経や背側迷走神経)が優位になります。
その結果、思考では「臭っていない」とわかっていても、身体が自動的に“危険信号”を出し続け、心拍や筋肉の緊張、感覚過敏としてあらわれるのです。
つまり、この方の中では「臭いの恐怖」という体験記憶が、いまもなお身体の中で“現在進行形”として反応していたということです。
通院は約9か月にわたり、合計15回のセッションを行いました。その結果、最終的には自臭症の症状が完全に消失しました。9か月・15回というのは、同様のケースの中では比較的スムーズな改善ペースといえます。もちろん、その背景にはご本人の真摯な取り組みと、体と心の両面から整えていく丁寧なプロセスがありました。
フィシオエナジェティック®による検査を通して、体の状態を詳細にチェックしたところ、以下のような要因が関係していることがわかりました。
- 重金属の蓄積
- 腸のバリア機能の低下(リーキーガット)
- 腸内細菌のバランスの乱れ
- 脂質代謝の異常
- 副腎の疲労
- 甲状腺機能の低下
- 顎の骨の奥にある感染(顎骨病巣)
- トラウマ(心身に刻まれた緊張反応の記憶)
これらの要因の中でも、最も深く影響していたのが「トラウマ」でした。臭いへの恐怖や、他人の反応に対する過敏な身体反応には、過去の体験による防衛的な神経パターンが強く関与していました。そのため、セッションでは「身体感覚を通してトラウマを解放していく」ことを中心に行いました。
具体的には、
- 咳の音や臭いを感じた瞬間に体が凍りつくような反応
- 他人に顔を見られたり、隣に座られたときに生じる強い緊張
- 過去に怒られたり、恥を感じた場面の記憶に伴う身体のこわばり
といった反応を一つひとつ丁寧に観察し、身体が安全を取り戻せるようサポートしました。
安全な環境で、身体の感覚を少しずつ感じ直すことを繰り返すうちに、神経系の誤作動がゆるみ、過去の「危険信号」は次第に“いま”の現実とは切り離されていきました。
このようにして、頭と体の間で分断されていた信号が少しずつ統合され、「臭っていないのに臭う気がする」という感覚の錯覚が自然に薄れていったのです。やがて、「他人の視線が気にならなくなった」「臭いの不安を感じても体が前のように固まらない」といった変化が日常の中に現れ、最終的には自臭症の症状が完全に消失しました。
身体を通して安全感を取り戻すこと──それは単なる“リラックス”ではなく、神経系が「もう危険ではない」と再学習することです。
このプロセスこそが、心の安定と回復への鍵でした。


