プロフィール

ホリスティックな視点を大切にする代替療法家・カイロプラクター

河瀬 哲也

昭和44年長崎県佐世保市出身。2児の父です。正しい食生活と週4~6回の運動(筋トレ)を実践し、みなさまの見本となるような健康的なライフスタイルを送っています。

私は健康である事、暖かい家庭を持つことが出来たこと、好きな仕事で当たり前に生活できる事などに日々感謝しながら、現在の平凡で穏やかな生活にとても幸せを感じています。そして、皆様も心身ともに健康なれるよう私がお手伝いできたら嬉しく思います。

経歴・資格など

  • フィシオエナジェティック®プラクティショナー
     (フィシオエナジェティック®基礎クラス講師)
  • ソマティック・エクスペリエンシング®プラクティショナー
  • 日本カイロプラクティックカレッジ卒業
     (日本カイロプラクティックカレッジ元講師)
  • 1997年 日本オープンパワーリフティング選手権100kg級優勝(当時日本記録を3つ保持)
  • 文部省認定スポーツプログラマー2種(資格更新はしていません)
  • 日本ダンス&スポーツ学院広島校 元講師

↑フィシオエナジェティック®のセミナー講師もしています。


略歴 Biography

高校生の時にボディビルに目覚め、17歳で初めてボディビルコンテストに出場(予選落ち)。20歳の時にもう一度ボディビルコンテストに出場しました(予選落ち)。20代は、東京と広島でトレーニングコーチとして働き、主にスポーツ選手に指導していました。広島にいた頃は日本ダンス&スポーツ学院広島校の講師も努めていました。

↑スポーツの本も共同で執筆しました

23歳でパワーリフティングに転向し、26歳の時に初めて全日本パワーリフティング選手権の100kg級に出場し7位。27歳の時にオールジャパンオープンパワーリフティング大会(現在のジャパンクラシックパワーリフティング選手権)の100kg級で優勝。記録はスクワット235kg、ベンチプレス152.5kg、デッドリフト250kg、トータル637.5kg。このうち3つが日本記録となりました。

↑1996年 全日本パワーリフティング選手権にて (92~93キロくらいの頃です)。

しかし、優勝した2ヶ月後に横断歩道で車にはねられて全身大怪我。特に下腿を派手に開放骨折し2ヶ月の入院。退院後、自宅療養中に手術した部位が骨髄炎になってしまい再手術。脚が少し変形する後遺症が残り、パワーリフティング選手として活躍するのは諦めました。

佐世保の実家で1年半の療養生活をした後、父の塗装業を手伝いながら、地元の高校の運動部を4つ指導していました。その後、塗装業に嫌気が指し、交通事故の時の慰謝料を使って2年制の日本カイロプラクティックカレッジに入学します。

日本カイロプラクティックカレッジ卒業後は、学長の須藤清治DC(日本カイロプラクティック徒手医学会の初代会長)の治療院で須藤先生のアシスタントを1年半努めました。そして、須藤先生の治療院を退職後、母校の日本カイロプラクティックカレッジの講師を努めます。須藤先生は褒めて伸ばすというタイプではなく非常に厳しい先生でしたが、厳しいながらも私にいろいろなチャンスを与えてくださり、今はとても感謝しています。

その後、結婚し子供も生まれたのをきっかけに、思い切って2008年に独立開業しました。そして2010年からフィシオエナジェティック®を導入しました。2013年にはフィシオエナジェティック®のディプロマ試験に合格。2015年にオーストリアのウィーンまで行ってフィシオエナジェティック®の指導者となる勉強をしに行きました。

↑フィシオエナジェティック®の本部があるオーストリアのウィーンまで行って指導者となるためのトレーニングコースを終了した時。左から、私、そしてフィシオエナジェティック®の創始者のラファエル先生、ウィーン・スクール・オブ・オステオパシー校長のライモンド先生、ホリスティック医師のマーゴット先生です。(2015年12月 )

また2014~15年ごろからはフィシオエナジェティック®のARテストを用いてメチル化にアプローチする栄養療法を自分で研究して導入しました。そして、2018年からはソマティックエクスペリエンシング®というトラウマセラピーをフィシオエナジェティック®の中に組み込むように導入し現在に至ります。

まだまだ学びたい事があるのですが、他の先生と比べたりせず、自分のペースでゆっくりと学び続けようと思っています。年齢を重ねるたびに自分自身がアップデートしていくので、私は歳を取るのが楽しみです。

趣味・嗜好

・筋トレ(今は中学生の息子と一緒にゴールドジムでやってます)
・ハードロック&ヘヴィメタル(エアロスミスも大好き)
・40~50分で登れる低山のハイキング(主に鳶尾山、八菅山、南山)
・釣れない釣り(年に5~6回くらいですが主に平塚港か相模川河口に行きます)
・ガンダム

↑エアロスミスのスティーブン・タイラーと(1990年9月)


高城剛さんから取材を受け、私の生い立ちから私がやっているセラピーの事まで、高城剛さんのメルマガ『高城未来研究所「Future Report」』に4週に渡って掲載されています。有料のメルマガですが、よろしかったら見て下さい。

第1回 2023年11月24日
第2回 2023年12月01日
第3回 2023年12月08日
第4回 2023年12月15日

また高城剛さんが書かれた高城式健康術55という本においても、私が行っているフィシオエナジェティックの事が書かれています。